行間の記録

ひとり読みに挑戦中の年長さん「ひばり」と、活字中毒の母「くるみ」の読書の記録。

女性差別との戦いの歴史 - 生理用品の社会史/田中ひかる

生理用品をめぐる歴史は、日常にはびこる女性差別との戦いの歴史でもありました

生理用品の社会史 (角川ソフィア文庫)

生理用品の社会史 (角川ソフィア文庫)

 

概要

日本における生理用品の歴史を紹介しながら、当時の女性たちが置かれていた状況を丹念にあぶり出した研究書です。

主に明治時代頃からの生理用品の発展の様子、平安時代頃からの生理に対する考え方の変遷などが記述されています。

かなりのボリュームのある著作なので、印象に残った部分を列挙します。

生理用品の変遷

長い間、紙、布、脱脂綿などを「詰める」か、ふんどし様のものと組み合わせて「充てる」方法が取られていたようです。女性たちは衛生面や実用性に問題を抱えたまま暮らしていました。

戦後になるとアメリカなどから輸入したナプキンを使用する女性も登場しましたが、サイズが合わないなどの理由から、一般的にはならなかったようです。

1961年に、現在の生理用ナプキンと同じような「アンネナプキン」が発売されたことは、革命的なできごとでした。社会学者の天野正子は、「アンネの登場は、多くの女性たちにとって、月ロケットの打ち上げ以上に、画期的な出来事であった」と述べているとのこと。

生理に対する考え方の変遷

本書では、生理を穢れとみなすようになったのは、平安時代頃に家父長制を採用するにあたり都合が良かったからではないかと推察しています。

生理の期間中は不衛生な生理小屋に閉じ込める、土間で食事させるなど、日本全国に存在した月経禁忌の習慣は枚挙に暇がなく、地域によっては1970年代まで受け継がれていました。

 

前述のように、生理の処置が不衛生であったため、明治時代には婦人に対する衛生教育が行われました。しかし、対象は上流階級の女子に限られていました。著者は、上流階級の女子は優秀な子供を産むが、庶民は劣った子を産むと考えられていたからであると指摘しています。

一転して、昭和の戦時中になると、富国強兵(産めよ殖せよ)のために、一般女性の生理も管理すべきものと考えられるようになりました。

その他

明治時代の女性の生涯生理回数は50回程度に対し、現代の女性の生涯生理回数は455回とのこと。

アンネナプキンの開発に携わった男性は、使用済み脱脂綿(ナプキンのかわりに使われていた)のあまりの「凄惨さ」にショックを受けてしまい、トイレに流せるように設計したそうです。

感想

「昔の生理用品ってどんなものだったのかな」という軽い気持ちで手に取った本でしたが、生理用品の発展が壮絶な女性差別と共にあったことを知って呆然としてしまいました。

「生理用品があった」とはいえ、衛生教育は貴族の女性のみに向けられていた時代、不衛生なボロ布を詰めるしかなかった時代、不衛生な生理小屋に閉じ込められていた時代。私たちの祖母、曽祖母たちはそのような時代を生きていたであろうと知って言葉を失いました。

長い間かえりみられることのなかった女性の生理。女性社長の生み出したアンネナプキンの登場は、当時の女性たちにとってどれだけ心強かったことでしょうか。大正生まれの私の祖母が、時々「今は良いものがたくさんあって、いいわね」と言っていたことを思い出しました。

 

排泄と同様の生理現象に対して、あるときは過剰な意味付けを、またあるときは卑下した意味づけをされてしまう。自分ではどうにもできないことで他者からの評価軸に晒されてしまうことの息苦しさは、現代の女性も、常日頃から感じていることではないでしょうか。

私は生理用ナプキンがくるくる巻いて捨てるタイプになるかならないかくらいから生理と付き合っていますが、当時は「人前で生理の話をしてはいけない」という空気を感じていました。しかし、ここ10年くらいで生理に関して堂々と話題にできる空気になってきたと感じています。私たちの先輩の女性たちが、自分達に生理を取り戻そうと努力し続けた結果なのでしょう。

 

生理についてはほんの一部でしかありませんが、女性を見つめる世の中の眼差しが、少しでも寄り添いの方向へ向かっていくように、自分でもできることをしていきたいと思います。

 

生理用品の社会史 (角川ソフィア文庫)

生理用品の社会史 (角川ソフィア文庫)