行間の記録

ひとり読みに挑戦中の年長さん「ひばり」と、活字中毒の母「くるみ」の読書の記録。

貧困を利用したナチが家族を引き裂いた - ベルリン 1933 壁を背にして/ クラウス・コルドン

コルドンのベルリン3部作の2作目。1932年から1933年、ナチが第一党となり、ヒトラーが首相に任命され、ドイツ国会議事堂放火事件が起きるまでの様子を、ナチに抵抗する家族の目線で描いた小説です。

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ベルリン 1933 壁を背にして/クラウス・コルドン

1作目「ベルリン 1919 赤い水平」に圧倒された私は、すぐに二作目の「ベルリン 1933 壁を背にして」を手に取りました。三作目の「ベルリン 1945 はじめての春」まで含めるととても長い物語なので、元々小説を読むのがあまり得意ではない私は「どこかでリタイアするのではないか」と自分に対して疑心暗鬼ではあったのですが、今作にもすっかり惹き込まれてしまい、あっと言う間に読み終えました。

概要

ハンスと家族、アパートの住民たちを中心に、ナチ党が人々を取り込んでいく様子、それを良しとしない人々の抵抗の様子、人々が分断されていく様子を描いています。

 

ベルリンに住む労働者階級ゲープハルト一家の目線で描く、第一次大戦終結(ドイツ革命)から第二次大戦集結までを追った大河小説”ベルリン三部作”の二作目。

前作1919では、視点人物ヘレを中心に、1918年から1919年、第一次大戦の集結、帝政ドイツの終焉、ドイツ共和国(ヴァイマル共和国)の成立を背景に、ゲープハルト一家、およびベルリン市民の様子が描かれていました。 

 

本作1933は、ゲープハルト家の三男、1919時点では赤ん坊として描かれていたハンスが視点人物となり、中学を卒業して就職するところから始まります。

長い不況と貧困の中、多くの労働者たちは共産党社会民主党を支持していましたが、両党が団結できずにいる間にナチがじわじわと勢力を広げています。

 

父母、兄ヘレが政治闘争に明け暮れる様子を見て育ったハンスは、物語開始時点では政治からは距離を置いて生きていこうとしています。

しかしながら、ナチが勢力を伸ばしていく中で、ナチ突撃隊の制服を着た同僚に目をつけられて暴力を振るわれるなど、分断が進む社会で嫌が応でも政治闘争に巻き込まれていきます。

ハンスも家族同様、ナチに抵抗する立場を取りますが、貧困に疲れ果てた姉のマルタは、ナチに入党した恋人とともに、家族のもとを離れてしまいます。

 

ナチが政権を取り、家族、隣人、友人、同僚たちが変わって行く中で、守らなければならないものは何なのか、15歳の目線で描かれた傑作です。

 

物語の時代背景

今作は1932年から1933年、ナチが第一党となり、ヒトラーが首相に任命され、ドイツ国会議事堂放火事件が起きるまでが描かれています。

1919年にヴァイマル共和政が発足し、ドイツは帝政(ドイツ帝国)から議会制民主主義国家(ドイツ共和国)へ生まれ変わりましたが、第一次大戦の高額な賠償金支払い、インフレーション、世界大恐慌が発生しており、民衆たちは長引く不況、社会不安に見舞われている状態からスタートします。 

 

作中でも、登場人物らの生活を描くことで貧困の苦しさがひしひしと伝わってきます。本作の前書きにも、ベルリンには400万人を超す人々が暮らしているが、60万人以上が職に就けず、多くの子どもが栄養失調で幼くして死んでいった旨が記されています。

 

多くの国民はヴァイマル共和政へ失望。ナチ党は過激な反政府運動を続けて大衆の支持を得、1932年7月の国会選挙で国会第一党となります。

作中でも1932年の8月には、アパートの住民(つまりは労働者階級の市民)がナチ突撃隊の制服を着て闊歩している様子が描写されています。

 

その後、国会解散を経て、1932年11月の国会選挙で再びナチは国会第一党となります。 

国会第一党がナチ党、第二党が共産党という自分たちと相対する政党が国会の過半数を占める体制が揺るがないことに危機感を持った、ヒンデンブルク大統領とパーペン前首相は、ナチ党の協力を取り付けるための一時的な策として、1933年1月にヒトラーを首相に任命してしまいます。

ヒトラー内閣が誕生して間も無く、1933年2月27日に国会議事堂放火事件が発生。ナチ党は共産主義者の仕業とし、共産党員と社会民主党員を弾圧。ヒトラー内閣は全権委任法(議会の審議・議決なしにヒトラー政権が法律を制定できる)を制定して議会制民主主義体制を崩壊させ、ナチ党の独裁政権を確立しました。

ドイツ国会議事堂放火事件(ドイツこっかいぎじどうほうかじけん、ドイツ語Reichstagsbrand)とは、1933年2月27日ドイツ国会議事堂が炎上した事件を指す。この事件によって発令された緊急大統領令は、実質的に国家社会主義ドイツ労働者党以外の政党の抵抗力を奪い、翌3月にはアドルフ・ヒトラー全権委任法を制定して独裁を確立し、ヴァイマル共和政議会制民主主義は事実上崩壊した。なお、「国会議事堂放火事件」と表記されることもある[1]

出典:ドイツ国会議事堂放火事件 - Wikipedia 2021.04.21

感想

ナチが第一党となり、ヒトラー政権が誕生するまでのほんの数ヶ月間の様子が緻密に描写されています。

 

もしかしたら現代日本に暮らしている我々も、このような流れの中にいるのではないか?と背筋が寒くなり息が詰まるような感覚すら覚えました。

とくにマルタのことを考えると、他人事ではないのだと思わされます。

 

ハンスの就職先はツテを頼ってなんとか見つけ出したこと、父も職がない状態であり、働き盛りである年齢のはずの兄ヘレは失業中、それが労働者階級の状況としては珍しくないことが読み取れます。母も物語中盤で解雇されてしまいます。

マルタ自身には職はあるようですが、屋根裏に住み、食べるものにも事欠く生活の重圧から抜け出したいと考えるのは無理からぬことだと思います。

リヒターの3部作でも「生活のためにナチに入党した」という描写がありますので、当時はそのような事情で入党した人も少なくなかったであろうことが伺えます。

 

後の時代に生きる私たちは、ナチ党がこのあと何をしようとしているのかわかっていますが、渦中にあった多くの人々にそれに気づく術はあったのでしょうか。作中ではハンスをはじめ、抗おうとする人々が中心に描かれていますが、彼らの訴えはどのくらい認識されていたのでしょうか。

 

私は生まれてこのかた、議会制民主政治を当たり前のものだと考えていましたが、国民の思い違いや、為政者の思惑が組み合わさると、あっけなく破壊されてしまうものなのだと思いました。

この先似たようなことが起きたとして、自分は気づけるのか、抗えるのか、自問自答が続きます。

 

 

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