行間の記録

ひとり読みに挑戦中の年長さん「ひばり」と、活字中毒の母「くるみ」の読書の記録。

美しい思い出すらナチの計画の中にあった - ぼくたちもそこにいた/ハンス・ペーター・リヒター

誰にでもある、少年時代の輝く思い出の日々。仲間と笑ったり泣いたり、夢に向かって努力したり。それすらもナチの非道に組み込まれていたとしたら…。

ぼくたちもそこにいた (岩波少年文庫)
 

概要

あのころはフリードリヒがいた」に続く、"リヒターの自伝的3部作"の2作目。著者の1933年〜1943年までのあいだの体験が、ヒトラーユーゲントでの活動を中心に綴られています。

 

1934年、9歳の「ぼく」は茶色の開襟シャツに憧れてヒトラーユーゲントに入ります。

友情を築いたり、仲間と協力して課題を乗り越えたり、リーダーになれるように努力したりと、少年らしいエピソードが記されています。読者としては応援したくなりますが、それがボーイスカウトやスポーツなどではなく、ヒトラーユーゲントでの出来事であるため、複雑な気持ちで見守ることになります。

成長し、親友であり憧れの存在であったハインツが志願して戦場へ送られます。「ぼく」ともうひとりの親友ギュンターも、やがて軍事教練を受け、志願兵となり、ハインツと戦場で再開するところで物語は終わります。

タイトルのあとのページに「第三帝国が事実いかなるものであったかの偽らざる記録」と書いてあります。ヒトラーユーゲントでの体験を、著者はどのような気持ちで記したのでしょうか。

感想

終始複雑な気持ちで読み進めました。ナチが少年少女たちの名誉心を搾取していたことがありありと伝わってきます。当事者の少年少女たちは、少年らしく輝いていた日々が、全てナチの非道な行いに組み込まれていたと理解したとき、相当苦しまれたのではないでしょうか。

共産党員やユダヤ人が迫害されるシーンも描かれていますが、「ぼく」の心はすでに麻痺しているのか、それほど感情が動いていなさそうな様子も見受けられます。ナチ、そして周囲の大人たちの罪深さを感じざるを得ません。

読後の「少年時代のお話として面白かった」とも、「戦争のお話で悲しかった」とも言いきれない複雑な気持ち。もしかしたら、これが当時の少年少女の気持ちに近いのかもしれません。

ぼくたちもそこにいた (岩波少年文庫)
 

 

リヒターの自伝的3部作」の、1作目はこちら。

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リヒターの自伝的3部作」の、3作目はこちら。

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同時代を、ナチに抵抗する家族の目線で描いた「コルドンのベルリン3部作」もおすすめです。

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