分断と貧困の中でも希望を抱く家族の物語 - ベルリン 1919 赤い水平/ クラウス・コルドン
図書館で借りた本だったのですが、あまりに良い本だと思ったので「いつか我が子にも読んで欲しいな」と思って、購入して書棚に入れました。
概要
ベルリンに住む労働者階級ゲープハルト一家の目線で描く、第一次大戦終結(ドイツ革命)から第二次大戦集結までを追った大河小説”ベルリン三部作”の一作目。
1919は、中学生の長男ヘレが視点人物。物語は第一次大戦に出征していた父が片腕を失い、幅員してくるところから始まる。
貧しい生活や悲惨な戦争を終わらせようと、民衆たちは立ち上がり、革命を目指すが…。
物語の時代背景
副題「赤い水平」とは、ドイツ革命の発端となった1918年11月3日の"キール軍港の水平の反乱"を起こした水平たちのことである。
ドイツ革命(ドイツかくめい、独: Novemberrevolution, 英: German Revolution of 1918–19)は、第一次世界大戦末期に、1918年11月3日のキール軍港の水兵の反乱に端を発した大衆的蜂起と、その帰結としてドイツ皇帝ヴィルヘルム2世が廃位され、ドイツ帝国が打倒された革命である。ドイツでは11月革命とも言う。出典:ドイツ革命 - Wikipedia 2020.12.04
赤とは言うまでもなく共産主義を表している。この時代、多くの労働者たちは資本主義(富を独占している資本家、ユンカーなど)に抵抗するため社会主義・共産主義(社会民主党、共産党)を支持している。
終わりが見えない第一次世界大戦に疲弊しきった労働者たち民衆が、戦争を終結させるため蜂起し、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世を廃位に追い込む。戦争はドイツの敗北という形で終結し、ドイツ帝国はドイツ共和国(ヴァイマル共和国)として生まれ変わる。
しかしながら、帝政から議会制民主主義制への変革を遂げることはできたものの、民衆はそれぞれの考え方や立場の違いから一丸となることができず、帝政時代からの支配階層である資本家、ユンカー(貴族)、軍部を権力から遠ざけることができない。
その隙間を縫うようにナチが存在感を大きくしつつあり…という時代の物語である。
感想
正直なところ、これが中学生向け作品とは恐れ入った。(岩波少年文庫の分類で中学以上となっている。)特にドイツ史に詳しくなければ、大人でも背景を理解するのに少し時間がかかるのではないだろうか。ドイツでは中学生がこれをすんなり理解できる程教育が行き届いているということなのだろうか。
政治体制が揺れ動く時代の物語なので多少難しいのは仕方ないのだが、登場人物たちが皆魅力的で生き生きとしているので、わからない部分はググりつつも物語の中に入ることは容易であった。
主人公である中学生のヘレは、ベルリンに住む労働者の家族、ゲープハルト家の長男である。物語は、ヘレの父が戦場で片腕を失い帰ってくるところから始まる。
ゲープハルト家はベルリンに住む労働者としてはごく平凡な暮らしをしているが、平凡とはいえ、狭いアパートに暮らし、皆常にお腹を空かせているような状況である。
復員したものの、片腕を失ってしまった父は失業。工場で働く母の稼ぎだけで、父、母、ヘレ、妹のマルタ、弟のハンスぼうやと暮らしている。本当はもう一人弟がいたが、病気(および貧しさ)により亡くなっている。
同じアパートの住人や、ヘレの中学校(労働者階級の子どもが通っているようだ)の同級生たちも同じような暮らしぶりであり、助け合い、慈しみ合いながら生活している。
戦争を終わらせよう、この生活を変えようと、人々は立ち上がり、水平の出撃拒否を発端に、皇帝を引きずり降ろすことに成功する。ヘレの両親もスパルタクス団(共産党)として活動していくのだが、革命は徐々に泥沼化し、度重なるベルリン市街地での戦闘により、死者も出るようになってしまう。
主人公ヘレはまだ中学生ではあるが、両親や身近な大人たちの様子から、今は闘うべき時であると悟り、活動に参加して行く。
支持政党の違いによる分断、党内での意見の相違、貧しさと命の危険に怯える日々により、隣人や同級生たちとの関わりも変化して行く。中でも幼馴染であった、将校(つまりは支配階級)の息子フリッツとの友情が徐々に不安定なものになって行く様子は胸を打つ。
一方で、赤い水平であるハイナーとアルノ(二人ともヘレよりは少し年上ということになるが、とても気の良い青年なのである)と出会い、友情を築いて行く様子や、同級生ヘテとの距離が近づいて行く様子、いけ好かない教師に一泡吹かせる場面などは、少年向け作品らしい明るさに満ちている。
まだ中学生なのに、闘わなけれなばらないという意思を持って行動するヘレに、大人の私は背筋が伸びる思いがした。武力闘争すべきとまでは思わないが、言うべき時は言わなければならない。
大人とも子どもとも言えない中学生を主人公としたことで、生活の様子から、政治闘争の様子まで、頭の中にありありと描くことができた。
ヘレとは異なる考えを持つ人をも丁寧に描写し、ヘレおよび読者が一方的な正義に引きずられないようになっている点にも好感が持てた。本作のような誠実に書かれた作品が存在することにとても嬉しくなった。
我が子にも、このような誠実に書かれた小説を読んで欲しいと思い、当初は図書館で借りて読んだものの、購入して書棚に収めた。(尚我が子はまだ4歳である…。)
本作の時点では、ナチ(ドイツ労働者党)はベルリンではまだ然程存在感を持っていないようであるが、現代の目線で読むと、ヘレを始めとする物語の中の人物たちをこれから待ち受ける試練を思うと、どうか無事でいて欲しいと願わずにはいられない。
同時代を描いた、リヒターの自伝的3部作はこちら。